春うらら みちのく桜紀行

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「世の中に絶えて桜のなかりせば、春の心はのどけからまし」  (古今和歌集より)       

なぜこうも日本人は桜に恋焦がれるのだろうか?
桜は日本人をある興奮へ誘う花だ。その不思議な遺伝子があることを、毎年花の季節が訪れるたびに実感する。
春の盛りに人生の節目を迎える日本では、この花は単なる植物にとどまらず、心のありようにも波及している。
今年も桜の開花宣言が出る頃になると、そわそわと落ち着かなくなる。
そうだ、今年は女房と一緒にみちのくの桜を訪ねてみよう。
                                             (写真をクリックして下さい。)

4月17日(土) 
異常に寒い日が続いたためか、東北地方の桜の開花が遅れていたが、急に暖かくなって、東北地方の桜が咲きだした。
有名な「三春の滝桜」は、インターネットの開花情報によると、今週の初めにはまだ蕾だったのが、急に満開となり、三春町役場に問い合わせたところ、滝桜は今週一杯が見頃で来週は散り始めるでしょうとのことであった。
私の場合、原則として名所には週末には行かないことにしていたのだが、止むを得ず急遽土曜日に出発することになってしまった。
前からの約束であったので、初日は宇都宮の友人宅に宿泊。

4月18日(日)
昨夜は飲みすぎて、やや二日酔い気味。天気は快晴で暖かい。
「三春の滝桜」は、シーズン中の週末は道路も駐車場も大渋滞だとのことで、先に会津若松の鶴ヶ城の桜を見ることにした。この鶴ヶ城は市街地にあり日曜日だと言うのに比較的空いていて、城から徒歩10分位の所の無料駐車場にすぐ駐車することができた。
桜はちょうど散り初めで、風が吹くたびに花びらが雪の如く舞い散り、城の濠の水面は花びらで埋め尽くされていて、「この桜吹雪が目に入らぬか」と名台詞で決める遠山の金さんを思い出した。

鶴ヶ城の天守閣

城の濠の花びら

会津若松を出て三春に着いたのが3時ごろで、思惑通り道路の渋滞は解消していたが駐車場が少し混んでいたので、その先にある「紅枝垂れ地蔵桜」を見ることにした。
この桜は樹齢300年を越える巨木で見事な枝垂れにピンクの花を付けていた。
更にその近くの「下上石不動桜」があり、この桜も推定樹齢350年になるそうで、どちらの桜も滝桜の子孫だとも言われて満開の見頃であった。

滝桜では駐車場も空いていて、人出もそれほど多くは無かったが、夕方で写真撮影にはチョッと条件がよくなかった。
滝桜は、樹齢1000年を越える日本一の巨木で、樹高12m.、根回り11m.のエドヒガン桜の紅枝垂れ桜で、年を取って朽ちかけた妖怪のような風貌を見せる幹や枝に可憐な花をつけ、まさに日本一の風格がある。
垂れ下がった枝に咲く花が滝のように降り注いでいることから滝桜と言われる様になった。
大正11年に国の天然記念物に指定を受けた銘木で、岐阜県根尾村の淡墨桜、山梨県武川村の山高神代桜と共に、日本三大桜と言われている。

紅枝垂れ地蔵桜

下上石不動桜

三春の滝桜

滝桜を見た後、福島に出る途中に「合戦場の枝垂れ桜」があり、この桜も紅枝垂れ桜の巨木で見事な花を咲かせていて、夕闇の中でライトに照らされて見事な情景を呈してくれた。
この地方には、紅枝垂れ桜が多く、民家の庭にもあちらこちらで枝垂れ桜が花を咲かせている。

その後、福島までの国道459号線の岩代町近辺の山間部で山火事に遭遇した。何十台もの消防車が集まってきていたが、火の勢いは一向に衰えず必死の消火作業が続けられていた。
福島から東北自動車道に入り、国見SAで夕食をとり車中泊。

合戦場の枝垂れ桜

岩代町の山火事

4月19日(月)
SAで朝食を食べ、北上展勝地へ向かう。天気は曇りで午後には雨の予報。
北上川沿いの北上展勝地の桜は、東北有数の桜の名所であり、ちょうど見頃で、珊瑚橋のたもとから、北上川の流れに沿って、見事なソメイヨシノの桜の古木が2km.にも及ぶ桜のトンネルを作っていて圧巻である。
また北上川を横断して鯉のぼりが何十匹と泳いでいる様は、実に壮観だ。

北上展勝地を後にする頃、ついに雨が降り出してきた。次の予定地は途中温泉などにつかりながら、のんびりと秋田の角館へ行く積もりであったが、桜の開花状況を問い合わせた所、角館の桜は2分から3分咲で、青森の弘前が8分から9分咲で、間もなく見頃になるでしょうとのことであった。
そこで、予定を変更して弘前に先に行くことにしたが、まだ少し余裕がありそうなので、遠野へ寄ることにした。
遠野では、大日山の桜が有名であるが、まだ蕾の状態であった。市街地を外れた猿ヶ石川の堤にも見事な桜の並木があるが、まだ固い蕾であった。
遠野は北上高地の中央に位置する盆地地形のため、東北の中でも寒さは格別に厳しく、東北では桜の開花は一番遅いそうだ。
またいつの日か桜の満開の頃に来ることを期して遠野を後にした。
途中千葉家の茅葺き南部曲り家を見学して盛岡に向かった。

盛岡では、裁判所の庭にある「石割り桜」が有名で、ちょうど見頃であったが、夕闇の中で写真撮影には条件が悪かった。
この「石割り桜」は、落雷により石が割れ、その割れ目に桜の種が落ち込んで生育したものだと言われている。また一説には石のひびに桜の種が落ち込んで生育につれて石を割ったとも言われている。
樹齢350年のエドヒガン桜で、大正12年に国の天然記念物に指定されている。

盛岡から東北自動車道に入り、岩手山SAで車中泊。

北上川の鯉のぼり

北上展勝地の桜並木

石割り桜

4月20日(火)
曇り空で時々小雨が降り、外気温は14度と肌寒い。
昨夜来の雨がまだ止まぬ中、八幡平を越えて秋田に抜けることにした。
東北自動車道を松尾八幡平ICで降りて八幡平樹海ラインに向かう。途中の道路の両脇には未だに残雪がうず高く残っていた。芭蕉沼では水芭蕉が見頃であった。
松川温泉で温泉に入りのんびりと休憩をした。この温泉は100%天然の美人湯で、松川沿いに造られた露天風呂や、崖をくり貫いて造られた洞窟風呂は、秘湯の雰囲気を満喫できる温泉である。
温泉宿の主人が、秋田に抜ける樹海ラインとアスピーテラインは、頂上付近がまだ除雪されていないので閉鎖中で、秋田の方には抜けられないと教えてくれた。
止むを得ず、またもとの松尾八幡平に戻り、東北自動車道に乗り秋田の鹿野ICで降りて、「道の駅碇ヶ関」に立ち寄り、昼食にイワナ蕎麦を食べた。
この蕎麦は、素焼きのイワナが蕎麦の上に一匹丸ごと載っていて、実に美味しかった。弘前城は明日行く予定であったが、雨も上がり天気も良くなってきたので、とりあえづ行ってみることにした。

弘前城へ行ってみると、外堀の桜は満開でまさに見頃の状態であった。
例年より早く桜の満開を迎えたせいか、駐車場なども比較的空いていて、たいした苦労も無く城の近くに駐車する事が出来た。
弘前城の桜は、ソメイヨシノ、枝垂れ桜など5000本以上の桜が植えられており、濠の水面間際まで枝のたれた老木のソメイヨシノ、本丸を彩る多種の枝垂れ桜、西濠にある桜のトンネル、幻想的な夜の桜、どれをとっても見事の一言に尽きる。
またここの桜は、一つの房に付く花の数が多く、通常は3〜4個位なのに弘前の桜は一つの房に5〜6個の花が咲いている。そのため非常に花が豪華に見える。
また枝垂れ桜の枝が長く、5〜6メートルもありそうで、その枝に一杯花を付けている。
これはりんごの剪定技術を応用した結果で、全国から研修に来るそうだ。
今まで見た桜の中では、最も感動した桜で、さすがは日本三大桜の名所(長野県の高遠城址公園の桜、奈良の吉野の桜)と言われるだけの事はある。私の感想では日本一だ。

天気はいいのだが、風があり気温が低く10度以下でかなり寒い。しかし夕方になってから観光客が逆に増えてきたようで、駐車場も観光バスで一杯になった。
夕食をとった後夕闇に染まる頃、再び城内に入り夜のライトに照らされた桜を見に行った。夜の桜は実に幻想的で、ライトに浮かび上がった天守閣に枝垂れ桜が映えて実に見事な情景をかもし出している。

弘前城の濠と桜

下乗橋と桜

夜の天守閣

濠に映った天守閣

もともとは明日来る予定であったが、今日の昼と夜で弘前城の桜を充分に堪能し、感動したので秋田へ向かうことにした。
東北自動車道に入り、花輪のSAで車中泊。
高速道路のSAも、このあたりに来ると閑散としていて、夜は8時ごろには全部の店が閉店になってしまう。

4月21日(水)
天気は快晴で、雪を冠った岩木山が良く見える。外気温は10度で寒い。
角館の桜も満開に近くなったとのことで、鹿角ICを出て国道341号線をのんびりと角館に向かう。
途中、八幡平を越える頃には気温は4度位まで下がり、道路の両端には残雪が2m.近くもあった。
峠を越えたあたりに玉川温泉があり、ここでゆっくりと温泉を楽しむことにした。
この玉川温泉は、お湯はラジウムを含むとともに、世界でも珍しい塩酸を主成分としたPH1.2という強酸性の泉質で、お湯に入るとひりひりと肌が痛む。

玉川温泉を後にして、田沢湖に向かう。この湖は深さが日本一で最大水深が420m以上もあり、瑠璃色の水をたたえる湖面には、雪を冠った秋田駒ケ岳が美しい姿を映し、金色に輝くたつ子像とのマッチングが素晴らしい。
その後、国道46号線を秋田新幹線と並行しながら走り、その途中刺巻の水芭蕉群生地を訪れた。
ちょうど水芭蕉が見頃で、一面に水芭蕉の花が咲いており、その間に片栗の花と、座禅草の花が咲いていた。

八幡平曽利の滝付近

田沢湖とたつ子像

刺巻の水芭蕉

角館で友人の家を訪ねたら、たまたまその家が民泊(民宿とは違う)をやっていたので、そこに宿泊させてもらうことにした。
民泊は食事が出ないので、夕方角館の武家屋敷のライトアップを見て、秋田名物のきりたんぽを食べに行った。
みちのく小京都と言われるこの武家屋敷は、伝統的建造物群保存地区に指定されており、京都から移植されたと言われている樹齢250年から300年の枝垂れ桜が、武家屋敷の黒板塀を抱くようにしだれ掛かり、古く落ち着いた町並みに華やかな彩を添えている。
これらの枝垂れ桜の内、152本が国の天然記念物に指定されている。
秋田のきりたんぽはなかなか美味しかった。

4月22日(木)
しとしとと小雨降る天気で、外気温は10度と寒い。
この中で、角館の桧木内川堤の桜を見に行った。
川の堤防の上には、ソメイヨシノの桜の並木が2km.にわたって続いており、8分か9分咲の桜が見事なトンネルを形づくっていた。
この角館の桜と、弘前城址の桜と、北上展勝地の桜が、東北三大桜の名所と言われており、いずれをとっても甲乙付けがたく見事な桜である。

武家屋敷の枝垂れ桜

ライトアップされた桜

桧木内川堤の桜並木

これで、当初目的とした桜は、ほぼ全部見ることが出来たので、後は温泉に入って美味しいものを食べることである。
そこで、とりあえづ日本海の海岸近くに出て、魚の美味しい所を探すことにした。
角館から日本海近くの岩城へ出るため、県道44号線を走っていると、その先が土砂崩れで行き止まりになってしまった。
得意のカーナビも近くの迂回道路が見つからず、止むを得ずかなりの遠回りをして岩城の道の駅に着いた。
秋田県には22の道の駅があり、その内の5箇所には温泉が併設されている。
道の駅岩城はそのうちの一つで、「港の湯」は、すぐ目の前に日本海を望む眺めが雄大な温泉である。
温泉に入ってすっかりいい気分になり、地元で取れた活魚料理で美味しいビールを飲んで、そのままその夜はこの道の駅で車中泊となった。

4月23日(金)
曇り空、外気温12度で相変わらず肌寒い。
今日は、昨夜のテレビのニュースで、横手公園の桜が見頃だと報じていたので、横手公園に行ってみることにした。
横手城址の桜はニュースの報道どおり満開で見頃であったが、どうしても弘前の桜と比較してしまい、感動は今一である。
しかし、水面に映った朱色の太鼓橋と桜のコンビネーションが見事であった。
公園で桜祭りの準備をしていた市役所の職員の方に、稲庭うどんの美味しい店を聞いて、その店に行って稲庭うどんを腹いっぱい食べた。
さすが本場の稲庭うどんだけあってなかなかのものである。
その店の壁に、茅葺き民家の写真が飾ってあったので、その場所を尋ね出かけて行った。
それは山内村の国道107号線沿いにある古民家で、築140年になるが、昨年屋根を葺き替えたばかりだと言うことで、きれいな茅葺き民家であった。
その後国道13号線を南下すると、雄勝町に道の駅小町の郷がある。
ここは小野小町が生まれた所と言われており、その気になって見ると、何となく周りにいる女性が皆美人に見えてしまった。

一週間ホテルに宿泊しなかったので、洗濯物がかなり溜まってしまい、着替えの予備が寂しくなったので、コインランドリーの設備がある天童温泉の「ルートイン天童」に予約を取った。
天童までのルートの道路の両側には、さくらんぼの花とりんごの花が満開であった。シーズンにはさくらんぼ狩に来たいものだ。
久しぶりのベッドでの夜は、やはり手足が思う存分に伸ばせていいものだ。

4月24日(土)
今日は天気はいいが、風が強く外気温度は8度で寒い。近頃の天気はいったいどうなっているのだろう。
今日は、たまたま午後から天童市の行事「人間将棋」が開催される日なので、これを見る前に松尾芭蕉で有名な宝珠山立石寺へ参拝した。
ここはうっそうと茂る山に切り立つ岸肌にいくつもの堂宇が建ち、山寺の名で広く知られている。
奥の院までの1004段の石段を登りきると、さすがに疲れ日頃の運動不足を痛感させられた。
下山してしばらくすると、にわかに黒雲が広がり、いきなり雹が降ってきて風も強く、人間将棋のテントが吹き飛ばされてしまった。
とても人間将棋をのんびりと観戦しているような状態ではないので、後ろ髪を惹かれる思いで断念し、蔵王の方へ向かうことにした。
ところが、途中の道路ニュースで、昨夜の雪のため蔵王エコーラインが閉鎖されているという情報が入り、またまた予定を変更して、米沢を経由して喜多方へ向かうことにした。
米沢では有名な米沢牛のステーキが食べたくなり、カーナビ君に尋ねてステーキハウスを紹介してもらった。
そのステーキハウス「桜」の壁に、茅葺き民家の油絵が飾ってあったので、その場所を聴き訪ねてみた。
それは米沢市街地を外れた県道沿いにあり、実にきれいに手入れされている茅葺き民家であるが、現在も個人の住居として使われている。

横手城址の濠と桜

山寺の芭蕉の句碑

横手郊外の茅葺き民家

米沢を出て喜多方に向かう途中の国道121号線沿線には、何軒かの茅葺きの民家が点在していて、何れも良く手入れされた現役の民家である。
夕方になると、ますます寒くなり、とうとう雪が降り出してしまい、喜多方に出る手前の峠道では道路が白くなり始めていた。
幸い無事に峠を越えて、喜多方の道の駅「喜多の郷」に着いた。
この道の駅にも温泉が併設されているので、のんびりと湯につかった後に、目的の喜多方ラーメンを食べるために市内へ出かけた。
しかし、なんとなんと沢山あるラーメン屋が殆ど暖簾を下ろしているではないか。
ようやく見つけた駅前のラーメン屋で喜多方ラーメンにありついたが、このあたりは夜は8時になると皆店を閉めてしまうそうだ。
何とか食べられたものの、味は期待していたほどではなかった。
夜は道の駅「喜多方の郷」で車中泊。

4月25日(日)
天気は晴れているが寒い。外気温度は5度である。
この道の駅では、今年初めての朝市が開かれ、近郊のお百姓さんの奥さん達が、自家製の野菜や山菜、あるいは漬物やかき餅などを持ち寄って朝市を開いている。
この朝市で、味噌汁とおにぎりを無料でサービスしてくれ、せんべいやかき餅、漬物などの試食をさせてくれたので、これで朝食を済ませることが出来た。
昨夜の雪で山は真っ白になっていたので、峠の上まで写真を撮りに出かけた。
峠の上は10cm位の積雪があり、道路は朝一番で除雪されている。
山の木の葉に積もった雪が、まるで墨絵のようで、東山魁夷の世界を髣髴とさせるような光景をかもし出していたが、このイメージを写真に表現することは難しそうだ。

天気も良くなり、気温も上がってきたので、会津若松へ出かけ、飯盛山の白虎隊博物館や、白虎隊の墓などを見学し、市内を散策して、この日も同じ道の駅の温泉で体を温め車中泊。

大桧沢山の雪景色

蔵の町喜多方

4月26日(月)
天候は晴れで気温は12度。
何処と言っていく当ても無いが、とりあえず日本海の方に行って美味しい魚でも食べ、その上温泉でもあれば申し分ないと思い、新潟に向かうことにした。
新潟には道の駅が33箇所もあり、その内温泉が併設されている所は8箇所で、その内の一つ「ちぢみの里おぢや」に向かうことにした。

国道118号線を南下し、途中でわき道に入り下郷町大内の宿に立ち寄る。
この大内の宿は、会津藩の参勤交代の宿場町として栄えた所で、いまでも茅葺きの民家の集落があり、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。
どの家も良く手入れされていて、素晴らしい町並みを作っている。
一軒の民家の囲炉裏でイワナを焼いて食べさせてくれた。なんとも美味であった。

道路際に「戸赤の山桜が見頃」と言う看板が出ていたので、再びわき道に入り戸赤という所まで行ってみた。
そこの山中には何本かの山桜が淡いピンク色の花を付けていた。山桜にはソメイヨシノや枝垂れ桜とは一味違い、華やかさは無いが、ひっそりとしたかれんな雰囲気があり、またいいものだ。

大内の宿の町並み

下郷町の茅葺き民家

戸赤の山桜

再び国道に出て289号線を走っていると、茅葺きの鐘楼門のあるお寺が目に付いた。このお寺は南泉寺と言うお寺で、1794年に建立されたと言われている。
山門は桜門と呼ばれていて、茅葺きの入母屋造りで、福島県の重要文化財に指定されている。
すぐ側に枝垂れ桜の巨木があり丁度見頃の花を付けていた。

銀山湖から新潟に抜ける道路の国道352号線を走りだし、途中舘岩村の茅葺き曲り家集落に立ち寄った。
ここにも茅葺き民家が多数あり、現在も普通の住宅として使用されている。
東北地方の古民家は、曲り家建築方式が多いのは、雪国で積雪との関係があるのだろうか?
その先しばらく走り、檜枝岐村の手前まで来た所に「この先通行止め」の標識が出ていたので、あわてて電話で問い合わせたら、昨夜の雪で道路が閉鎖されているとのことであった。
新潟に出るには、只見を通って国道252号線を行かなければならず、かなりの回り道になってしまった。
只見から渋川に抜ける山越えの道路は、かなりの急勾配で両側には残雪があり、夜になると凍結しそうだ。
ようやく小千谷の道の駅に着いたのが7時前で、温泉に入ってホット一息つく ことが出来た。

南泉寺の桜門

前沢の曲り家集落

黄桜の里

4月27日(火)
小雨模様の天気で外気温は13度で肌寒い。
昨夜の道の駅のレストランで、この近辺では普通のソメイヨシノの花は終わってしまったが、黄色い桜が見頃の所があると教えてくれ、わざわざパソコンで地図までコピーしてくれた。その黄桜の里へ行くことにした。
中里村の「黄桜の里」では、黄桜が満開の見頃であったが、風が強い小雨混じりの天気なので、写真を撮るには遅いシャッターが切れず、絞り込むことが出来なく最悪の条件であった。

昼食には寺泊の「魚のアメ横」と言われている市場に出かけ、新鮮な魚の刺身と蟹を腹いっぱい食べて満足し、幸せな気分になった。
小雨降る中、食後の散歩を兼ねて寺泊の水族館に入り、魚の生態を良く観察して、趣味の釣に生かそうと思ったが、あまり参考にはならなかった。

次の宿泊地として、やはり温泉がある道の駅「よしかわ杜氏の郷」と決め、早めに着いてゆっくりと温泉に入り、生ビールにご機嫌になる。
夜は風が強く、風の音も大きく、車が揺れてやや不安になったが、晩酌のおかげで熟睡。

4月28日(水)
雨はまだしとしとと降っていて、肌寒い朝だ。風が相変わらず強く、車のドアーを開けると、すごい風が車内に吹き込んでくる。
天気予報によると、内陸の群馬県地方は天気が良いとのことで、朝食も取らず急いで出発をして群馬に向かう。
小雨と強風の中、関越自動車道に六日町ICから入り、関越トンネルをぬけ群馬県側に出ると、風も収まり雨も止んでいて天気予報どおりであった。
2000m.級の山が連なる谷川岳の西側と東側では、これ程も天候の差があるものだと改めて知らされた。
高速道を水上ICで出て谷川温泉に行き、谷川岳を見ながらのんびりと誰もいない昼間の露天風呂を楽しんだ。

昼食のレストランで見た新聞に、館林の多々良沼公園の藤が見頃だとの記事が出ていたので、多々良沼公園に行くことにした。
公園の中には、50m以上もある藤棚が作られており、藤の花が50cm位の房を垂れ、紫色の花がとても良い匂いを回り一面に放っていた。

多々良沼公園を後にして、館林のつつじが丘公園のつつじが見頃だとのことで、つつじヶ丘公園に行った。
この公園は、国の指定名勝になっており、なんと樹齢1000年を越え、根元の幹周りが3m.樹高が5m.もある八重咲ヤマツツジの巨樹が、赤い花を一杯に付けていて、その他にも樹齢800年〜1000年の大木が、赤や白や紫の花を所狭しと咲き誇っている。
どうすれば、これだけ花を枝に隙間無く付けさせることができるのだろう?実に見事なつつじである。

今日はこの近くに宿泊して、明日は足利フラワーパークへ行く予定だったが、時間があるので出かけてみた。
足利フラワーパークの藤は有名で、特に夜のライトアップが素晴らしいと聞いたので、夜の藤だけでも見たいと思った。
平日だと言うのに、フラワーパークからの帰り車がすごい渋滞であった。
逆コースのおかげでらくらく駐車場に車を入れることができ、6時少し前にフラワーパークに入ろうとしたら、入場券売り場は長蛇の列で何かを待っている様子である。
聞いてみると入園料が6時以降は800円と昼間の1200円より大幅に安くなるとのことで、急いで列の後尾に並び入場をしばらく待つことにした。
公園内には、きばな藤はまだ開花していなかったが、うすべに藤、むらさき藤、白藤などは8分から満開の状態の藤が290本もあり、芳香をあたり一面にふりまいている。
特に800畳敷の大藤棚は、樹齢130年の一本の木で出来ており、天然記念物にも指定されている日本一の大藤棚で、花房の長さは160cmもあり、まさに息を呑む美しさだ。
その他、世界でも珍しいと言われる80mに及ぶ白藤のトンネルや、八重の大藤棚は他ではチョッと見ることが出来ないだろう。
7時からライトアップが始まり、夕闇が濃くなる8時ごろには、ライトに浮き上がった藤の花房が風になびいて一斉にゆれる様は筆舌に尽くしがたい情景だ。
風が強くて遅いシャッターが切れず写真を撮るには難しい条件であったが、なかなかこの感動を写真に表現することは難しい。
ぜひここには何回か来て自分のイメージどおりの写真が撮ってみたいものだ。

多々良沼公園の藤

つつじヶ丘公園つつじ

大藤棚「迫間のフジ」

夜のフラワーパーク

入園して3時間近く夢中で写真を撮っていたが、閉園も近くなり退却することにした。
明日来る予定だったが、今日で充分写真は撮れたし、また今日の昼間の渋滞状況からして、明日から大型連休が始まるため、恐らく道路も駐車場も園内も大渋滞になることが予想されるので、急遽予定を変更してこのまま横浜に帰ることにした。


帰宅後、翌日のTVニュースでは、各地の渋滞状況を報道しており、予定を繰り上げて帰宅して良かったと改めて思った。
今回の放浪の旅は12日間と予定より10日以上も短くなってしまったが、所期の目的である「みちのく桜紀行」は、ほぼ予定通り達成することができた。
ただ予定していた温泉めぐりが少なかったのが残念だが、ゴールデンウイークの期間に出歩くのはやはりむりがあり、私たちのようなサンデー毎日族は、一般の働いておられる人たちの迷惑を考え、なるべく休日には出かけないようにした方がよさそうだ。
今回の放浪の旅は、総走行距離は3000km.で、ホテルでの宿泊は一回のみであった。
                                               「みちのく桜紀行」旅日記終わり