九州放浪記 (平成17年4月3日〜30日)

写真をクリックして下さい。


4月3日(日) 晴れ 14℃
晴天の日曜日、いよいよ九州放浪の旅に出発、初日は岐阜の息子の所により孫の顔を見て、ゆっくりとした一日を過ごす。

4月4日(月) 晴れ 11℃
爽やかに晴れた朝、孫達と別れて伊吹山の麓にある先祖の墓にお参りして、日頃のご無沙汰をお詫びする。琵琶湖のほとりで一泊。

4月5日(火) 晴れ 6℃
よく晴れた気持ちの良い朝だがやや肌寒い。いよいよ今日から本格的な放浪の旅の始まりで、琵琶湖の湖岸道路を走り名神高速彦根ICより入り、一気に中国自動車道から、山陽道自動車道を走り抜けて岩国ICでおりて、岩国錦帯橋に行く。
2年前に全面掛け換えが終わった見事な木組みのアーチ状の橋に見入り、末永く残しておきたいと思う日本の貴重な文化遺産の一つであろう。
佐々木小次郎がツバメ返しを編み出したと言うゆかりの柳もあり、桜は7分咲で少し早かったが平日であるため人出が少なく、駐車場もスムーズに無料で駐車する事が出来た。
今夜は中国自動車道の壇之浦PAで、壇ノ浦での平家と源氏の戦いに思いを馳せながら車中泊の予定であったが、この日は風が強くPAでの車泊は変更してそのまま関門海峡を渡り九州に入った。門司から国道10号線を走り、途中回転寿司で夕食をとり、道の駅「豊前おこしかけ」まで来たがチョッと淋しい道の駅なのですぐ先にある道の駅「しんよしとみ」で車泊する事にした。
本日の走行距離は約800km.初日からチョッと頑張りすぎたようだ。                                                            

岩国の錦帯橋 見事な木組みアーチ

4月6日(水) 曇り 15℃
この道の駅「しんよしとみ」はよく整備されていて、他府県ナンバーの車が多数宿泊していた。関東ナンバーの車を見つけると何となく親しみを感じて声を掛け合った。
朝には近所のお百姓さん達が、地場産の野菜や果物を持ち込み、また地方色豊かな弁当などが販売されていて実に楽しい。
食後有名な禅海和尚が30年かけて、のみと槌だけで342mの隧道を掘ったと言われている「青の洞門」へ出かけたが、手掘りの洞門は残っている部分は少なく、今は車が走る大きなトンネルになっていてやや期待外れであった。
しかし桜は満開で見頃であった。
その後で耶馬溪羅漢寺へ参拝するためにリフトに乗って登った。大化の頃に開山されたこの羅漢寺には3700体余の石仏が建造されており見ごたえがある。

青の洞門
羅漢寺
宇佐神宮 熊野磨崖仏

その後、観光名所の耶馬溪、奥耶馬渓まで足を伸ばして見たが、やや期待外れであった。紅葉の頃はきっと素晴らしい景観を見せてくれるのであろうが・・・

全国4万余の八幡宮の総本山であり勅祭の大社である宇佐神社に参拝し、その規模と格式の高さに圧倒され、生まれ故郷の鎮守様が八幡神社であることを思い出し、神妙にお祈りをした。
熊野磨崖仏では、赤鬼が一夜で築いたと言われている99段の石段を登ると、山の中腹の岸壁に高さ6.8m.の大日如来像と、高さ8m.の不動明王像が彫られており、藤原時代末期の作と言われているが、国の重要文化財に指定されており保存状態もよく見事なものである。
鬼の築いた石段
真木大堂
大威徳明王

重要文化財国東塔

次に訪れた真木大堂は、奈良時代の建立でかっては36坊の霊場を有した大きな寺院であったが、700年前に火災のため焼失し、現在は小さなお堂に国の重要文化財に指定された9体の仏像がさりげなく祀られている。
国東半島を縦断し周坊灘に面する道の駅「くにさき」で車泊し、近くの年金保健センターの温泉で汗を流し一日の疲れを癒す。

4月7日(木) 曇り 15℃
昨夜の雨は夜明け前には上がっていた。この道の駅には宿泊所が併設されておりレストランがあるが、そのレストランの窓から盛んに手を振っている婦人がいた。
よく見ると昨日の道の駅で出会った川崎ナンバーの車のご夫婦である。
話を聞くと、このご夫婦は九州に旅行した時に、宮崎が気に入り家を買って移住してしまったとの事であった。
ご夫婦と別れて今日は一日「仏の里国東半島」のお寺を出来るだけ参拝する事にした。まず、道の駅の情報センターで情報を入手し、数多くあるお寺から比較的有名なお寺を参拝する事にする。
最初は石立山岩戸寺に参拝した。参道脇の桜が満開で古びた石造仁王像の間を通ってうっそうとした杉の大木に囲まれた石段を登っていくと本堂があったが、管理人が不在で朱印をもらうことはできなかった。
峨眉山文殊仙寺は日本三文殊の一つとして知られ、国東半島随一の古刹である。苔むした300段の石段を登ると古い山門があり、いかにも古刹の雰囲気がある。
細い山道を越えて石造仁王像が四体ある成仏寺へ着いたが、この寺も管理人が不在だった。
両子寺(ふたごじ)も見事な石造仁王像があり、その間を抜けて磨り減った石段を登り、更に奥の院まではかなりの距離がある。
長安字は花の寺とも言われており、石楠花の花が裏山一面に見事に咲き誇っていた。
富貴寺大堂は建物が国宝に指定されており、九州最古の和式建築物で、その均整の取れて簡素な形、優美な屋根の線、それらがどっしりとした安定感を与え見事な建築物で、さすがは国宝だけのことはある。

石立山岩戸寺
峨眉山
文殊仙寺
両子寺 国宝富貴寺

国東半島には、奈良平安時代に天台仏教文化が花開き、六郷満山文化と呼ばれ、最盛期には65ヶ所もの寺が建立されたと言われている。現在も由緒ある寺院が多く、数日かけてゆっくりと礼所巡りなどをしてみたいものだと思ったが、今回はお寺参りもこれ位にして、由布院へ行って温泉に入ることにした。
JAF発行の「温泉にっぽん」で紹介されているチョッと山手の方のゆふいん山荘「香洛庵」の温泉に入った。こじんまりとした旅館でとてもいい温泉であった。
日帰り入浴は、旅館によっては利用できない所もあり、また時間制限があり遅い時間には利用できないところが多い。
夜は道の駅「ゆふいん」で車泊する。

4月8日(金) 曇り 17℃
山越えをして竹田に入り、滝廉太郎の荒城の月のモデルになった岡城址を見学する。桜が見頃である。
岡城は広大な台地上に展開する山城であったが、明治の版籍奉還後の廃藩置県により城の建物はすべて解体されてしまった。実に残念な事だ。
竹田市は歴史の街でもあるが、阿蘇山に涵養された地下水があちこちに豊かに湧出している。名水鳴瀧湧水の標識を目にして、さっそくポリタンクに一杯岩の間から流れ出る美味しい地下水をいただいた。

またこの近辺には江戸時代に肥後の石工が築いたアーチ型の石橋が多くあるので緒方川に沿って上流に向かい、いくつかの石橋を見て周った。
200年以上経過した今でも、堅牢で立派にその機能を果たしており、その当時の技術の高さに驚かされる。

ながせ橋 原尻の滝
その後、道の駅「原尻の滝」に行ったが、丁度チューリップが見頃で、チューリップフェアーが催されており、平日にもかかわらづ多勢の人出であった。
原尻の滝は「九州のナイヤガラ」と言われているが、チョッと言い過ぎかな・・・。

次は有名な臼杵の石仏で、楽しみにしていた所の一つでもある。
臼杵の石仏は平安時代から鎌倉時代にかけて彫られたといわれており、59体の磨崖仏は国宝に指定されている。
530円の拝観料を払い、ホキ石仏第二群、第一群、山王山石仏と見て周り、最後は古園石仏の中の有名な大日如来像である。以前は落ちた仏頭が仏体下の台座に安置されていたが、修復に合わせて仏頭も昔日の見事な姿に復位された。今ではそれぞれに建屋が建造され保存状態も極めて良くなっている。
これらの磨崖仏は木彫りの仏像にも劣らないくらいの見事な彫りであり、磨崖仏としての国宝の指定は全国で初めてのことである。
近くには中国から渡って来て磨崖仏を彫ったといわれる蓮城法師により創建された満月寺があり、ここの石造仁王像は半分土中に埋まっているがユーモラスな顔をしている。
また、入口近くで少し脇道に入った山中には、パンフレットなどでは紹介されていないが不動明王の磨崖仏があり、私などには保存状態もよく素晴らしい石仏だと思うのだが、なぜか仲間外れされているようで、国宝の指定も無い。
国宝臼杵の磨崖仏
大日如来像

満月寺の
石造仁王像
仲間外れの磨崖仏
不動明王像

翌日は関鯵を釣りに行く事にしたため、今夜は久しぶりに「豊の国健康ランド」に宿を取る。妻は釣はしないため、ここで時間を潰すことにした。

4月9日(土) 晴れ
4時に起床し、大分港の釣船に乗船する。1時間以上走り四国の佐田岬との中間くらいのところで釣りを開始する。この辺りは豊後水道の速吸瀬戸と呼ばれている所で、この日は大潮と言う事もあり潮の流れがまるで川のように猛烈に速く、200号の錘が吹っ飛んで行き、100m底の海底までなかなか到達しない。
しかしそんな中一投目から当たりがあり竿が大きくしなった。
慎重に巻き上げて来たが途中からバレて軽くなってしまった。この速い潮流の中100mの海底から巻き上げてくると、口の弱い鯵はバレやすい。3匹のうち1〜2匹をバラしてしまう。しかし地元のベテランは竿を上手く操作して糸を鯵の尾に巻きつかせてバレるのを防いでいる。恐れ入った技だ。
しかし少し潮がゆるくなった時を中心に40cmクラスの関鯵を18匹釣る事ができ充分満足した。
帰港後、鯵は野締めをして血を抜き、知り合いにクール宅急便で送った。
また、先日道の駅でお会いした宮崎の中山さんに電話したら、まだ近くを旅しておられるとのことだったので、夜一緒に関鯵の刺身を食べる約束をし、昨年秋にオープンしたばかりの道の駅「みえ」でお会いして関鯵を味わった。
高台にあるこの道の駅は見晴らしもよく設備も素晴らしく、中山さんとウイスキーの水割りを飲みながら旅の楽しさを語り合った。今日も充実した満足の一日であった。

4月10日(日) 晴れ 25℃
今日は朝から晴れて暑くなりそうだ。
道の駅で中山さんと別れて菅尾の磨崖仏を訪ねる。駐車場から少し山中に入ったところにあり、訪れる人も少なく寂しい所ではあるが、保存状態もよく実に素晴らしい石仏であった。
道の駅「あさじ」では、イチゴが安くおいしそうでなので買うことにした。近くに大迫磨崖仏があるが、建物で覆われており、中は暗くてよく見えなかった。
次に普光寺の磨崖仏を見に行った。寺は近くにあるが磨崖仏は谷の岸壁に彫られており、よく見るには谷底まで下りなければならず、結構な行程で普段の運動不足を思い知らされた。磨崖仏は崖に彫られた大きな不動明王で大きさでは日本一だとのことである。背後の岩が鉄分を含んでいるのか赤く染まっていて、雨に濡れると赤が鮮やかになり不動明王の炎の様に見えるそうだ。
菅尾の磨崖仏 普光寺の磨崖仏
不動明王像

白水の滝

白水の滝

汗をかいたので途中の温泉「出会いの湯」にはいる。この温泉は美人の湯だそうで人気があり、町営で入浴料は200円だった。

次の目的地は「白水の滝」で、駐車場から滝までは登り道をかなり歩かねばならない。折角温泉で汗を流したのにまたまた汗一杯になってしまった。
しかし、白水の滝は水量も多く豪快でなかなか見ごたえのある滝であり、登って来た甲斐があり汗も引いた。
今日の宿泊場所は、道の駅「高千穂」にする。

4月11日(月) 曇り 16℃
今朝は昨夜来の雨も上がったので、朝一番で高千穂神社に参拝、その後くしふる神社にも参拝し、天孫降臨後、諸神がこの丘に立って高天原を遥拝した所と伝えられている高天原遥拝所、神武天皇の御兄弟神の誕生の地とされる四皇子峰を見て回った。
高千穂神社 高天原遥拝所
さすがは神話の里高千穂だけあって、至るところに神話伝説の史跡が残っている。
天気も大分良くなってきたので、高千穂鉄道のトロッコ電車に乗り五ヶ瀬川に沿ってのんびりと観光案内を聞きながら延岡方面に向かった。2両連結の電車であるが、平日のせいか、乗客は5〜6組しかいなかった。
トンネルと橋の連続であるが、車窓からの景色は素晴らしかった。途中の川水流(かわずる)駅で乗り換えて高千穂駅に引き返す。


高千穂鉄道
トロッコ電車の車窓からの眺め

五ヶ瀬川に架かる
三重の橋
国の天然記念物に指定されている高千穂峡では「ボートに乗って下から見るのが良い」と聞いていたので、出かけて行った。手漕ぎボートが30分で駐車場と合わせて2000円はチョッと取りすぎではないかなと思ってしまう。
しかし下から見る高千穂峡の滝はすばらしく、ボート代の高いのも忘れてしまった。
高千穂峡は案外俗化されており、イメージしていた神秘的な雰囲気はあまり感じられなかった。

上から見た
高千穂峡

高千穂峡
真名井の滝

天岩戸神社
天安河原
高千穂駅から車で15分ほど走った所に天岩戸神社があり、神職にお願いすると御神体である天岩屋戸を案内してくれる。天岩屋戸は谷の向こう側にあり、御神域ということで近寄る事も写真を撮ることも禁じられている。
天岩戸神社から徒歩で約10分の所に天安河原(あまのやすかわら)があり、天照皇大神が岩戸隠れのため天地暗黒となったとき、諸神がこの河原に集まり神議されたと伝えられる大洞窟がある。気のせいかなんとなくおごそかで神秘的な雰囲気が漂っている。
帰り道天岩戸温泉で汗を流し旅の疲れを癒し、途中雲海の焼酎蔵元があったので、お土産に関東では入手できない焼酎を4本ほど購入した。
今夜の宿も道の駅「高千穂」である。

4月12日(火) 曇り 12℃
今日は曇っていて肌寒い朝だ。朝食後、昨日トロッコ電車で通ったほぼ同じルートで延岡に向かう。日向灘に出て国道10号線を南下し、青島海岸や鵜戸神社にお参りして宮崎の日南市へ行く。ここには先日道の駅で親しくなった川崎から移住してこられた中山さんが住んでおられるので表敬訪問をすることにした。
この日はご好意に甘えて一泊の宿をお願いする事になった。
久しぶりの畳の上での一夜はやはり良いものだ。
鵜戸神社の神殿 鵜戸神社の乳岩

4月13日(水) 晴れ 19℃
朝はゆっくりして中山邸を辞したのは10時30分で、そこから都井岬に向かった。
国の天然記念物に指定されている「都井の野生馬」を見て、都井岬灯台に登ると、日向灘が一望に見渡せ黒潮の流れが見えるようだ。
都井岬の野生の馬
都井岬灯台
内之浦宇宙空間
観測所
都井岬の志布志湾をはさんだ反対側に、宇宙航空研究開発機構の内之浦宇宙空間観測所があり見学を申し込んだら快く受け入れてくれた。
ここでは昭和45年に我が国初の人工衛星「おおすみ」を打ち上げて、米国、ソ連、フランスについで自力衛星を打ち上げた国となった。その後24個の衛星の打ち上げが行われてきたが、最近は種子島が中心となっている。

大隈半島を更に海岸沿いに南下し、本土最南端の佐多岬を目指す。
佐多町に入ってからは山中の狭い道路で、カーナビ君もお手上げの状態になってしまった。地元の人に道を聞いて、ようやく佐多岬ロードパークウエイの入口に着いた時は締め切り寸前でかろうじて間に合った。
駐車場から30分程歩くと佐多岬展望台があり、ここから太平洋を望むと地球が丸く感じる。ここから最北端の宗谷岬まで2700km.あるそうだが、こうして見ると日本は結構広いものだと感じる。

佐多岬灯台
佐多岬を後にして、鹿屋市の友人に電話した所、「是非来い」と言われて、少し時間は遅いが、急遽鹿屋に向かう事にする。
久しぶりに旧友と再会し、地元の美味しい魚料理と焼酎をご馳走になり、大平温泉の駐車場で車泊する。

4月14日(木) 晴れ 11℃
早朝6時ごろ温泉に入ろうとしていると、昨日の友人が一升瓶の焼酎を差し入れに来てくれた。昨夜美味しいと言って飲んでいた焼酎を覚えていてくれた様で感謝・・・
友人と別れて霧島に向かう。
霧島神宮の入口近くの足湯に入り、神宮参拝後霧島川の源流にある千里ヶ滝を見に行く。
狭い山道を下っていくと駐車場があり、そこから徒歩で渓谷の谷底まで下って行くが、帰りを思うとチョッと二の足を踏みそうになる。頑張って行った先の滝は水量もありなかなか見事な滝であった。ただ見られるところの前方の木が生い茂っていて、見晴らしが悪いのが残念だった。
帰りは山道の上り坂で30分以上かかり、汗をかきかきようやく駐車場までたどり着いた。日頃の運動不足をまたまた痛感・・・
霧島神宮
千里ヶ滝
霧島高原からえびの高原に向かう途中に、えびの市営露天風呂があり、汗を流す事にした。この温泉は岩を組んだ中に温泉が流れ込んでいるだけの、屋根も無い全くの露天風呂で実に風情がある。
晴天の真昼間に、のんびりと露天風呂に浸かっているのもなかなかいいものだ。
今宵の宿は、温泉が併設されている道の駅「ゆ〜ぱるのじり」と決め、またまた温泉に入る。

4月15日(金) 晴れ 12℃
道の駅を出るとすぐ近くの道路の真下に「東麓石窟仏」があり、地元の人たちの信仰が厚く、今でもお花とお供え物や線香が絶えない。
次には世界一と言われている綾の吊橋を見に行く。綾の街中はきれいに整備されていて花が一杯である。途中雲海酒造の蔵元がある酒泉の杜へ行き、美味しい湧水を補充し、珍しい焼酎を購入する。
谷沿いの道を登っていくと、谷に架かった大きな吊橋が見えてきた。これが長さ250m、高さ142mの世界一の大吊橋である。
吊橋を渡り遊歩道を谷底まで下りて一回りしてくると約40分かかり、かなりハードな散策であった。
綾城
世界一の吊橋
世界一の吊橋
綾を後にして都城を経由して山を越えて鹿児島に出る。
桜島に入り、国民宿舎レインボー桜島で温泉に入り、近くの道の駅「桜島」で車泊する。

4月16日(土) 晴れ 13℃
ここのところ毎日晴天が続いている。今日も爽やかに晴れた晴天だ。
今でも噴煙を上げている桜島を見ながら右回りで島を一周する。
.黒神埋没鳥居は大正3年の大噴火で、腹五社神社の3mあった鳥居が笠木部分だけを残して埋まってしまったのが残されており、県の天然記念物に指定され保存されている。
有村溶岩展望所は、大迫力の溶岩原を見ることが出来、海への溶岩流出の様子が良く分かり、この角度から見る桜島は噴煙も見え迫力充分である。
湯之平展望所は、車でかなり登った所にあり、桜島で一般に入れる一番高い所で、桜島の頂上が眼前に迫ってくる。
約1時間で一周して、フエリーで鹿児島市内へ渡る。
夕陽に映える桜島 黒神埋没鳥居
ここから川辺町を通って今まで行きたいと思っていた知覧へ行く。
途中清水の磨崖仏を見るために寄り道をする。ここの磨崖仏は線刻であり、今まで見てきた石仏とは異なる。
清水の磨崖仏 清水の磨崖仏
知覧特攻平和会館には、太平洋戦争末期に知覧から沖縄決戦に出撃して命を落とした特攻隊員1036名の遺品や遺影が展示されており、10代後半の若者達が出撃前に書いた遺書を見ると胸が熱くなる。よくこの若さでこれだけの決意が出来、このような遺書が書けたものだと、ただただ感心するばかりである。
ゆっくり見ていると1日掛かってしまいそうなので、割愛してもう一つの目的地である知覧武家屋敷群を見に行く。
ここは薩摩の小京都と呼ばれており、江戸時代の風情を残した佇まいがあり、公開されている7つの庭園はそれぞれ趣が異なり、国の重要伝統的建造物保存地区に指定されている。
後ろ髪を惹かれる思い出知覧を出て、山越えをして鹿児島湾のほとりにある道の駅「喜入」に着く。この道の駅にはやはり温泉があり今夜の宿とする。
知覧特攻平和会館 知覧武家屋敷群 茅葺きの武家屋敷

4月17日(日) 晴れ 11℃
今日もあいかわらづの晴天で暑くなりそうだ。
「喜入」道の駅を出て、砂蒸し温泉を楽しみにしていた指宿に向かう。40年近く前に新婚旅行の時以来である。
海岸沿いの山川町天然砂蒸し温泉に行き、800円の入浴料を払って温泉に入る。
砂をかけてしばらくすると体中がほてってきて汗だくになる。砂の重さと地熱の暖かさがほど良い。温泉の後地熱の里で昼食に鰹のたたき定食を食べる。風呂上りでビールが飲みたい所だが、冷たい水で我慢する。
薩摩半島先端の長崎鼻に行き、太平洋と東シナ海の境界を見る。
狭いトンネルを通って開聞岳を一周して枕崎へ向かう。
長崎鼻の灯台 開聞岳
枕崎はさすが漁業の町であり、港近くのお魚センターでは豊富な魚介類がふんだんに並べられていたので、名産の美味しそうな鰹のたたきを購入した。
丁度、瀬渡しの釣り船が帰ってきたので見ていると、70cm近い5sを越えそうな大きな石鯛があがっていた。釣り人は如何にも満足そうでうらやましかった。
枕崎を後にして、日本三大砂丘と言われている吹上の砂丘を見に行ったが、雄大な砂丘を見渡せる場所が見つからず、狭い砂道を入っていったが、さすが4WDの我が愛車のプラドでも心配になって引き返してしまった。
砂丘から見た東シナ海に沈む雄大な夕日の写真をイメージしていたが、残念ながらあきらめる事にした。
夕方吹上温泉の「みどり荘」で温泉に入る。この宿はやはり「温泉にっぽん」に紹介されている温泉で、斉藤茂吉が愛した湖畔の宿で、湖の側の露天風呂は実に風情がある。
今夜の宿は、吹上町の道の駅「きんぽう木花館」である。

4月18日(月) 晴れ 15℃
今日も晴天の気持ちの良い朝だ。洗濯物が大分溜まってきたので道の駅の近くのコインランドリーで洗濯をする。
道の駅を後にして串木野・川内を通って道の駅「樋脇」で昼食。その後、宮之城の伝統工芸センターに行くが、生憎休館日であり見学する事が出来なかった。
気温が上がってきて27度になり、暑くなったので、紫尾温泉に行き汗を流す。
この紫尾温泉は、旅館が3〜4軒のこじんまりとした閑静な山のいで湯である。
湯元は紫尾神社の拝殿の下にあり、「神の湯」と言われて1500年前から今日まで絶えることなく自然湧出しているそうだ。かすかに硫化水素臭を漂わせる透明な湯に入るだけで肌がつるりとして気持ちが良い。
昨年全面改築された町営の共同湯は神社造りの珍しい浴舎で、切石造りの浴槽が三槽連なっており、湯口から順に温度が低くなっており、全く水を加えない源泉100%の温泉である。
温泉で気分すっきりして、薩摩町のガラス工芸館に行き、薩摩切子の製造工程を見学する。ウイスキーのタンブラーが欲しいと思ったが、手彫りの切子は一個5万円もしてチョッと手が出なかったので、止む無く機械彫りの1個5千円のタンブラーで我慢したが、これだけ見ていると結構立派な切子に見える。
明日は女房が所用で一時横浜に帰らなければならないので、宿泊場所は鹿児島空港近くの九州自動車道路の桜島SAとした。

4月19日(火) 晴れ 18℃
朝女房を鹿児島空港まで送り届け、再び鹿児島に戻り、錦江湾で真鯛釣りをすることにした。2〜3の船宿に電話をしたところ、「明日は風が強くなる予報なので船は出せない」とのことで、残念ながら釣は断念する。
4月17日にオープンしたばかりの道の駅「たるみず」へ行き、温泉に入ってのんびりと過ごす。この新しい道の駅には、40〜50人 が同時に使用できる無料の足湯があり、また売店には地場産の鯛、ヒラメ、しま鯵、カンパチなどの刺身が格安で販売されていたので、温泉に入った後、ヒラメとしま鯵の刺身を買ってきて桜島を見ながら冷えたビールを一人で淋しく飲んで、早々と寝てしまった。

4月20日(水) 雨 17℃
久しぶりの雨だ。今日は釣りの予定が中止になったので、雨も降っているので道の駅で久しぶりにのんびりとメール友達にメールを入れる。
昨日頼んでおいたクリーニングを受け取り、雲仙天草国立公園の長島に向かう。
昼ごろには雨も上がり、黒ノ瀬戸大橋を渡って道の駅「長島」に着いた頃には、風が強く東シナ海が一望できたが、少し雲が厚いので夕陽は期待できそうも無い。
島を一周して、太陽の里温泉センター「東泉望」で温泉に入り、温泉センターの駐車場で今日も早々と寝る。

4月21日 (木) 曇り 16℃
長島を後にして、熊本県に入り、道の駅「たのうら」から山越えをして道の駅「坂本」に向かう。道は狭く離合ができない曲がりくねった山道で、車の運転には気を使う。カーナビ君もよくこんな道を選んでくれたものだ。
坂本から球磨川を遡って人吉街道を人吉市に向かう途中、球泉洞と言う鍾乳洞があり、入ってみようと思ったが入園料が1680円と高いのでやめた。
人吉市からは川辺川に沿って国道445号線を遡り五木村に向かう。
道の駅「子守唄の里五木」は熊本では一番新しく17番目に出来たきれいな道の駅で、昔ながらの五木村は近い将来ダムの底に沈んでしまうことになるので、庄屋さんの古い茅葺きの民家が道の駅に移築されて保存されている。
この道の駅には温泉があるので、早速温泉に入り冷えたビールで渇いた喉を潤す。
水没地域の移築された茅葺き民家

4月22日(金) 晴れ 17℃
朝から晴れてすがすがしく、周りの山々の新緑がきれいだ。
道の駅の情報で、今日は平家の落人部落を訪ねる事にして、早々と(?)朝の8時に道の駅を出発する。
国道445号線の沿線にある古い茅葺き民家の緒方家は、壇ノ浦の戦いで源氏に敗れた平清盛の孫、平清経が源氏の追討から逃れるために姓を緒方と変えて隠れ住んだと言う屋敷で、今は一般の見学者に開放されている。
管理人のおじさんが、横浜から車で来たと言ったら、いたく感動してくれてお茶の接待を受け色々と説明してくれた。
狭い国道445号線からなお狭い県道52号線に分け入っていくと、やはり茅葺きの古い民家の左座家(そうざ)がある。この左座家は菅原道真の嫡男が、藤原一族の追討を避けるため左座太郎と改名して移り住んだ所で、48代目に当たる左座力男さんが説明してくれた。
その先にも、平家の落人である奥川家の茅葺き民家があるが、現在は五家荘民宿「奥川」として営業中であった。
県道52号線を更に上り、せんだん轟の滝と吊橋を見て笹越峠を越えて美里町へ抜けると、全長2.9km、標高差620m、3333段の日本一の石段あると言われたが、反対方向の五家荘平家の里に行きたかったので、せんだん轟の滝と吊橋まで行って引き返すことにした。
緒方家 左座家 奥川家
国道445号線に戻り、平家トンネルを越えて県道159号線に入り、平家の里に向かう。険しい山の中腹に這うようにつくられている狭く殆ど車の離合が出来そうも無い山道を7〜8km山奥に入って、心細くなった頃ようやく深い谷に掛けられた樅木の吊橋と、その先の五家荘平家の里にたどり着いた。
車で来るにも大変な思いをしなければならない標高900m近くの、このような人跡未踏の山奥に、平家の落人達が生き続けるため一心で逃げ延び住み着いたこの隠れ里には、恐ろしいばかりの平家の落人達の執念が感じられる。
また、その落人達を追討せんがために、ここまで迫ってきた源氏の執念にも恐ろしいものがある。
五家荘のそばや 平家の里の民家 平家の里の谷に架かる樅の木吊橋
平家の里を後にして、三度国道445号線を通り二本杉峠を越える。
国道とは名ばかりの車のすれ違いにも苦労するすごい山道を通り、ようやくにして矢部町に出る。ここには国の重要文化財に指定されている石橋「通潤橋」がある。
この橋は江戸時代の末期に肥後の石工の技術の粋を集めて建造されたもので、人を通す橋ではなく、水を流す水路橋であり、逆サイホンと呼ばれる連通管によって対岸に水を送る特異な構造である。
休日の12時には観光客用に放水されるそうだが、それ以外には3日前に予約すれば特別に放水してくれるそうだ。ただし、予約料が5000円かかる。
放水を見るのは断念し、女房が横浜から来るのを熊本空港へ迎えに行く。
高さ21.5m.の
通潤橋
女房を空港でピックアップした後、熊本では何が無くても「馬刺し」だと、有名な馬刺しやさんを紹介してもらって、霜降りの美味しい所をゲットし、今夜の宿泊予定地である道の駅「不知火」へ向かった。
この道の駅は八代海に面しており、温泉もありきれいな道の駅である。
今日の走行距離は200km位であったが、すごい山道の連続で結構神経を使い、疲れてしまった。
ゆっくり温泉に入り美味しい馬刺しで冷たいビールを飲んで、ようやく今日の疲れも吹っ飛んだ。

4月23日(土) 曇り 15℃
不知火を後にして、天草五橋を渡り、天草・島原の戦いの総大将天草四郎の故郷に入る。天草四郎メモリアルパークでは、天草四郎と悲惨な天草・島原の戦いに関する展示が多くある。
天草上島と天草下島を一周して、サンタマリア館、天草キリシタン館、大江天主堂、津崎天主堂などを見学した。
天草下島の西側に富岡城があり、城まつりがあると言うので出かけて見たら、なんと今日の午後新しく出来た城のオープニングだった。城まつりでは地元の女子高校生などが見事な歌や踊りを披露していた。
今日の宿泊地は、天草上島の道の駅「有明」で、この道の駅には露天風呂つきの温泉があり、露天風呂から有明海に沈む素晴らしい夕日を見る事が出来る。
天草五橋 新築オープンの
富岡城
城まつりで熱演する地元女子高校生 有明海に沈む夕日

4月24日(日) 快晴 13℃
やや肌寒いがよく晴れた朝だ。コインランドリーで朝食を食べながら洗濯をした後、再び天草五橋を渡り道の駅「不知火」に立ち寄り、美味しいデコポンをゲットした。
ここ不知火はデコポン発祥の地だそうだ。
久しぶりに高速道路を使って阿蘇へ向かう。阿蘇山の麓の水の生まれる里白水村でポリタンクに湧水を補充し、阿蘇山の中腹にある地獄温泉に入る。晴天の昼間露天風呂に入るのもまたいいものだ。ここの露天風呂は混浴なのでチョッと期待したが、入ってきた女性は年配の女性ばかりだった。残念・・・・
阿蘇山の中岳は噴火の危険性があり河口まで登る事が出来なかった。
草千里を経由して阿蘇神社に参拝して大観峰へ行き、その雄大な景色に見入る。
阿蘇山 噴煙を上げる中岳 草千里 阿蘇神社の山門 阿蘇神社の
三連水車
その後今夜の宿泊地予定である道の駅「小国」へ行き、寝る前にもう一度杖立温泉に行って温泉に入る。他に客がいなくて貸切の露天風呂でゆっくりと汗を流す。

4月25日(月) 小雨 15℃
昨日の快晴とは打って変わって、今日は朝から小雨が降っている。
今日は女性に人気ナンバーワンだと言う黒川温泉に行く事にした。インフォメーションセンターで温泉手形を購入すると、好きな温泉3ヶ所に入ることが出来る。
ガイドマップの情報に基づき厳選の結果、乳白色のイオウ泉の「美郷の湯」、神秘的な洞窟風呂の「新明館」、美人の湯の「化粧の湯」に決めた。
どの温泉も噂に違わず素晴らしかったが、温泉を3ヵ所もはしごするとかなり伸びてしまう。
黒川温泉を後にして、ぶよぶよになった身体を冷ましながら、上津江村に入り道の駅「かみつえ」を経由して山越えをして道の駅「鯛生金山」に出る。この道の駅は2002年サッカーワールドカップの時カメルーンのチームが合宿した所で、すごく設備が整っている。また石楠花が丁度見頃で、山肌一面に花を咲かせていた。
福岡県に入り、お茶の里八女市の道の駅「たちばな」に着く。
この近辺は日本一のたけのこの産地で、道の駅では大きな釜で取り立てのたけのこを茹でて販売していた。また、日本一の石楠花園があり、丁度見頃で石楠花まつりをやっていた。八女茶の茶畑は、これまた日本一で、広大な土地一面が茶畑になっているそうだ。
どうも八女の人たちは日本一が好きらしい。
今宵は日本一の道の駅「たちばな」に宿を取る。

4月26日(火) 晴れ 17℃
今日は朝から気持ちよく晴れた。道の駅の情報により、星野村の棚田と、八女茶中央大茶園を見に行く。見渡す限り青々とした茶畑が広がっているのは壮観で、やはり本当に日本一かもしれない。
満開の石楠花
と茶畑
星野村の棚田 八女茶中央大茶園 たちばなのたけのこ
八女を後にして柳川の街中に入り、有名な川下りをしようと思ったが、水が思いのほか汚れていたので川下りは中止することにした。
佐賀市を通り過ぎ、今夜の宿泊場所である鹿島市の道の駅「鹿島」に着き、近くの温泉に入る。この道の駅は有明海の海辺にあるが、今は引き潮で、広大な干潟が広がっており、水際ははるか何キロメートルも先である。

4月27日(水) 快晴 12℃
爽やかに晴れた朝だ。道の駅の情報によると、近くに日本三大稲荷である祐徳寺があるので参拝する事にした。朝が早かったせいか、参拝者も少なく巫女さんたちが境内の掃除をしていた。また山はつつじが満開で見事であった。
有明海に沿って南下し諫早市に着く。諫早の干拓の里へ行き、有明海の干拓の歴史を勉強する。その後で今問題になっている諫早湾の干拓事業の水門を見に行ったが近くに行く事は出来なかった。
祐徳寺 祐徳寺の
巫女さんたち
祐徳寺の山のつつじ 諫早湾の干拓事業の水門
諫早を過ぎて島原に入り、島原城と武家屋敷を見学する。ここの武家屋敷も知覧の武家屋敷に劣らず良く整備されていてきれいな屋敷が保存されている。
半島を半周し天草四郎と一揆軍が立てこもり、最後は一人残らず皆殺しにされたと言う原城址に行ったが、天草四郎の墓には今でも毎日地元の信心深い人たちのお参りがあり、花やお供え物が絶えないようだ。
島原の武家屋敷 島原城 島原城
今宵の宿は、普賢岳の麓の道の駅「みずなし本陣ふかえ」とする。
この道の駅には、普賢岳が噴火した時水無川に流れてきた火砕流に埋まった家屋をそのままに保存してあり、火山の恐ろしさを実感させられる。
普賢岳 土砂流に埋まった
家屋
火砕流に埋まった
家屋
平成新山
最近新しく出来た近くの温泉「湯楽里」に入り、疲れを癒すが、この温泉は見晴らしがよく、島原湾を一望に見渡せ、対岸の熊本まで見える。

4月28日(木) 晴れ 22℃
今日は晴れて朝から暑い。早々に朝食を済ませて、島原まゆやまロードを走り、普賢岳展望台で平成新山を目の当たりに見る。
溶岩や土砂流の流れた後がはっきり分りすごい迫力だ。
半島を横断し、雲仙温泉から小浜温泉に出る。橘湾沿いに走り長崎港に着く。
長崎港では長崎帆船まつりが行われており、日本丸を初め韓国、オランダの帆船が参加していた。

日本丸
あこがれ 橘湾の鯉のぼり
長崎ちゃんぽんを食べて、西彼杵半島を北上し今宵の宿道の駅「さいかい」に着く。
この道の駅は、長崎県では一番新しい道の駅だが、なにもなく夕食は西海町のレストランへ出かけた。

4月29日(金) 晴れ 21℃
今日も昨日と同じく朝から良く晴れて暑い。
近くに朝市が出ていたので、そこで朝食の材料を購入し朝食を摂った後、近くの七釜鍾乳洞を見学に行く。洞窟内はひんやりと涼しく気持ちが良い。
その後佐世保を通り、小佐々町の日本本土最西端の地神崎鼻へ行く。
日本最北端が宗谷岬、最東端が納沙布岬、最南端が佐多岬、これら4つの岬を今回で全部制覇した事になる。
日本最西端の地
神崎鼻
大バエ灯台からの展望 塩俵の断崖 生月大橋
平戸大橋を渡り平戸島に入ると、丁度ヒラメまつりが行われていたので、キャンペーン中のヒラメ料理がとても安く食べる事ができ、とても幸せな気分になる。
平戸島から激流のように流れている辰瀬戸に架かる全長960m.の生月大橋を渡り生月島に入る。橋の通行料が片道600円はチョッと高くない?
橋を渡りきった所に道の駅「生月大橋」があるが、宿泊所としてはチョッと不適か?
島の北端の大バエ灯台に行き、100mの断崖の上に建つ灯台の展望所から、玄界灘の空と海が溶け合う雄大で素晴らしい景観を眺望することができる。
塩俵の断崖を見て島を一周し、再び生月大橋を渡り、平戸島を一周する。
島の東側には棚田が連続してあり、また鯛の鼻自然公園からの夕陽は実に素晴らしかった。
平戸島の棚田 平戸島の棚田
夕方娘から電話が入り、予定より早く出産しそうなので入院するとの連絡があった。
そこで、急遽予定を切り上げて横浜に帰ることにした。
その前に昨夜は珍しく温泉に入っていなかったので、平戸のみつき温泉観月で温泉に入り露天風呂で汗を流す。
露天風呂からは、眼前に平戸大橋が見え、眺めは最高であった。
温泉を出て夜の9時に横浜に向かって出発。佐世保みなとICから高速道路に入り、西九州自動車道、長崎自動車道、九州自動車道、中国自動車道、山陽自動車道、名神高速道路、東名高速道路と乗り継ぎ、1300qの行程を、途中山陽自動車道の下松SAで3時間ほど仮眠を取り一気に帰ってきた。
ゴールデンウイークの初日の深夜でもあり、どの道路も渋滞は全く無くスムーズに横浜の自宅に着いたのは午後4時ごろでであった。19時間掛けて、我が家にたどり着いたがさすがに疲れてしまって、しばらく車の運転はしたくない気分だ。

今回の放浪の旅の総括
全日程:4月3日〜30日  28日間
総走行距離:6800キロメートル
費用:夫婦二人で約40万円(このうちガソリン代が12万円)
宿泊:道の駅:20泊
    高速道路SA:2泊
    温泉などの駐車場:2泊 
    旅館:1泊
    知人宅:2泊
入った温泉:26ヶ所
反省:
今回の放浪の旅は、旅の途中早い段階でデジカメが故障してしまい、その後の写真は全てフイルムカメラで撮影し、帰宅後デジタル処理してこのHPに使用したが、時間が掛かり、また色が上手く再現できずずいぶん苦労してしまった。
また、旅を早く切り上げなければならず、佐賀や福岡の行きたいと思っていたところへ行けなかった事も心残りではあるが、とにかく28日間、7000kmを無事に走破できたことがなによりも良かった。
                           「熟年放浪記ー九州放浪の旅」終わり。
    
旅日記へ戻る。